季節を感じる眺めが嬉しい街外れの小さな酒場から
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06/29
うちの玄米
 玄米は身体にいいと呪文のように言われるけどどうなんしょ。

 栄養価については消化吸収が悪くアレルゲンも含まれるため、体調の悪い時やアレルギーの人も控えた方がよいようです。常食される場合は特に小魚や海藻などを多めに摂ることを勧めます。
 うちでは白米を3割強混ぜて炊いているので、その分消化吸収の助けになります。

 炊き方はやたら圧力鍋が推されてますが、うちでは普通の炊飯器で炊いてます。よく水に浸し、炊きあがってからもしばらく保温状態にしておけば煮えがいいようです。

 よく圧力鍋だともちもちして食感がよくなると言いますが、必ずしも白米の食感に近づけることもないような気がします。むしろ少しボソボソした硬さはよく噛んで唾液と混ぜねばならずプリミティブな食味が味わえます。これは返って伝統的な和の惣菜との相性もよいようです。またタイ米に合うおかず、中華やアジア系、インド料理などにもよく合います。
 心情として美味しいお米が食べたいのも分かるが食事として考えればおかずと相性のよい玄米は捨て難いと思います。なので十穀米やらの美味しさも分かるのですが常食には不向きに思えます。

 私が何より玄米食の効用を考えるのは噛む事です。噛むという動作は身体の構造上、様々な効果があります。それを副菜に頼らず食事の中心に置く事が出来るのは非常に便利なことです。
 栄養価を他の物で代えるのは容易だが、噛む事を恒常的に続けるのは意外と難しいことです。
恐らく玄米を常食して体調がよくなる背景には、その栄養価より噛む事の効果が大きいのではないかと思われます。

 テレビなどでは度々一つの食材の栄養価や効用を取り沙汰されますが、体系化した食事と考えればその方なりの食べ方があるものです。甚だ偏った私見ではありますが、我が家の食の体系の中での玄米食なのであしからず。
 
 
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06/27
うちの雑器
 気兼ねなく使える安価な日常雑器が普段使いに重宝で、安上がりなお育ちのせいか作家物の器はどうも手に余る。
 時たま贈答用の立派な器を頂く機会もあるのだが勿体なくて化粧箱のまま。普段はいつ割れても惜しくない百均の皿やどこぞの景品のムーミン茶碗が食卓の常連、これが意外としぶとく随分付き合いも長くなった。
 そういえば新しいシャツも中々袖を通せなくて伸びてかすれたシャツばかり着てしまうクセがある。

 それにしても毎日手に取る最早愛着さえある器がムーミン茶碗だとは、作家物の器を贈られた方には申し訳なくてとても言えない。天然生活はまだまだ遠いなあ。 
06/24
日本酒の居場所
 年々酒離れが進んでるらしい。確かに酒の付き合いが悪くなったお話はよく聞くし、一説にはコミュニケーションツールが酒ではなくネットに移行したとも。
 便利で手軽で平等で、顔も付き合わせないので絡まれる事もない。随分と痛がり屋さんが増えたもんだ。
 ニュータイプは薄い酒をスマートにこなし、比べてオヤジは酒場でたむろし飲ミニケーションで酒は濃くなきゃ損した気分。随分と乱暴でがさつに映ることだろう。
 更にライフスタイルも様変わり、カフェに似合わずカクテルにも使えない日本酒などは絶滅危惧種。どんなに美味い酒を作っても置いてくれる棚がないのでは致し方ない。

 ちなみに飲酒率の一番高いのは40代で、同世代が酒場と酒造に貢献してるかと思うと頼もしい。
幸い山廃の群馬泉や甘口の雄の桂川、最近では魚に合う吟醸の車坂など酒と肴のスタイルを支えてくれる酒造がちゃんとある。せめて僕らはよくぞ日本人に生まれけりと晩酌に興じようではないか。
 ついでに若者に絡み、後輩を連れまわし、子供心をがっかりさせる立派な大人になってやろうではないか。
06/23
まだまだ見つかりにくい店

 たまに三鷹の方に買い物に行くのだが途中小さな商店街におばあちゃんが店番しているこれも小さな古い和菓子屋がある。
 品数は少なくその中でもよく売り切れているのがなんと肉まん。胡椒が効いた素っ気ない豚肉の具に、酒まんじゅうの生地がもちもちして冷めた方がずっと美味い。

本場さながらの上手な肉まんも悪くはないが、街の片隅にすっと馴染んだ素朴さがどうにも好きでたまに食べたくなる。
 そして思うのはこういったたぐいの店もこんな食べ物ももう現れないなあと思うのだ。商魂逞しい都会の店には先ず無理な話しだもの。

 新代田に中級ユーラシア料理を出す一風変わった店があってまあ色々変わってる。料理の追加をしようとすると「あなたの注文はもう終わりました」と不機嫌に断られたりする。
確かにだらだら追加注文するのは日本特有らしいのだがそれにしてもそこの異空間っぷりがやけに可笑しい。開店してもう20年は経つと思うが、大手のマニュアルもビックリなそんなサービスの店は今からは絶対作れないだろう。

 昔ならともすれば常識外れな店も客とともに育てられて来た。
与えられることに慣れたファミレスやコンビニ世代の人たちには個性も引き受けて店と育つなんて発想はないだろう。
 
 なぎら健一なんかが好きそうな隙間な下町居酒屋も新たに現れることはないだろうと思うと私のような年代はちょっと寂しいと思うのですよ
06/19
氷とコースター
 バーは違うだろうが、たいがいのお店の氷は製氷機で作られていて、それがそのままストックされているので氷といっても温度が高い。
 そんな店で焼酎のロックを注文したら一見量が多く見えるが、それは常温の焼酎で氷が溶けたせいで、すでに水割り状態。それでも冷えてればよいが、氷の力も及ばずぬるかったりする。
 例え製氷機の氷でも一度冷凍庫に入れてしめてくれれば随分違うのになあと思う。

 これからどんどん暖かくなるが、ついでに湿度も上がってくる。そうなると気になるのがグラスの水滴。コルクや紙のコースターはたいして水を吸わない上に、グラスに引っ付いてくるので水浸しのコースターがひざに落ちたりして嫌な思いをする事になるがお店の人は何も気にならないのかしら。
 お店のロゴなんかプリントしてる場合じゃない気がするのだが。
 
 うちでは布のコースターを使っているが、他所ではおしぼりをひいてしのいでる。この布製のよいとこはどんなに水を含んでもグラス側から水滴が落ちないし、グラスに引っ付いて来る事もないし、もちろん洗濯出来るので経済的。それなのに滅多に他所で見ることはないのも不思議でならない。

 先日もっと素敵なコースターを発見した。植物の茎を編んだもので、吸水性がずば抜けてる。布製と違ってグラスを置いた時のビチャっとした感覚がないので誠に快適なのだ。唯一の欠点は乾きにくいことで一晩放置したぐらいでは湿気ている。きちんと干さなくてはならないが、それでも機能の方がずっと勝ってる。

 だが悲しいかな少ししか購入しておらず、しかも買った店に問い合わせた所、既に取り扱いがないとの事。
 もしどこかで見かけたなら是非とも教えて下さい、お願いしまする。

06/14
レシピのない店
 あまり記録といものをつけない。ノートやメモ、日記帳に至るまでおよそ記録というものにマメさがない。唯一つけてるのは帳簿、これは税務署に対するものなのでしょうがなくつけている。
 では余程記憶力があるかというとそんな事は無い。ただ忘れても気にしない、大雑把なだけです。

 師匠が弟子に、あるいは母が子に料理を教えるのに明文化はなくてもよい。毎日の暮らしを共にし共に作業をしていれば口伝で充分伝えられる。だいたい明文化が必要なら文盲の時代に料理は伝わらない。
 もっとも今の人の距離、親子でさえ暮らしを共に出来ないならば明文化も已むを得ない。今時は家族がそれぞれ勝手に出来合いの食事を摂るらしいからメールも明文化に一役かっているのだろうか。

 ほぼ毎日買い物に行く。安くて美味そうな食材はたいがい旬のものだ。なので未だに自分で旬を憶えられないでいる。それはともかくウロウロ眺めながら、あれが欲しいなあ、ならこれと組み合わせたらどうだろうなんて何となく献立が決まってくる。
 里芋と豚肉を煮てやろうとか思うと、どちらを主にするか、炒め煮か蒸し煮か、味付けや薬味はどうしようか考える。毎日即興のレシピが出来上がるが、記録には残さない。きっと来年の里芋は違う里芋だし自分の気分も違うだろうから。

 もし誰かに料理を伝えるとして記録だけでは恐らく足りないだろう。暮らしを共にし作業を共にし食事を共にする以上に伝える術にはならないと思う。
 暮らしの中で育まれた料理ならば、時には郷土の料理に、時には我が家の料理として継がれていくだろう。毎年違う里芋でも違う料理法を選んでもその家の料理になるはずだ。

 それが面倒ならファミレスやコンビニに行くといい。毎年違う里芋を、漂白して分量通りの味を付け毎年同じ料理にしてくれる。煩わしい関係も起こらない、とてもニューウェーブだ。

 手っ取り早くて便利で簡単なコンビニ弁当が馴染まず、面倒で不便で煩わしい、そんな事もひっくるめた毎年違う里芋が美味いと思う。どうやら私は子供の頃からオールドウェーブだったようだ。 
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